鎮撫総督の通過後も続いた久美浜
どんな伝承か
丹後の熊野郡久美浜では、山陰道鎮撫総督が通り過ぎたのちも、三月の上旬まで騒ぎが続いた。ただし取締りが入るのが早く、丹後のほかの土地に比べれば短くやんでいる。与謝郡の加悦谷岩屋村などは三月七日まで、中郡の橋木村や丹波村は四月八日まで続いたから、久美浜の騒ぎは早くに封じられたことになる。慶応四年三月以降まで残った事例の一つである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。