札降りを待って三日練った大名行列
どんな伝承か
慶応三年の秋から冬にかけ、信濃の上伊那一帯は札降りの騒ぎがもっとも激しかった地域である。同じ箕輪の木下村では十月二十八日から降りはじめ、秋葉山二十八枚、伊勢皇太神宮二十三枚をはじめ四十五種二百三十四枚もの札が降ったと記録される。南小河内村では、十一月四日に札が降るのを待ちかまえて村じゅうを休みとし、大名行列と太々神楽をかたどった組み山車をこしらえて、三日のあいだ練り歩いたという。近くの長岡村では札ではなく人間が降ったといい、降ったとされる人物を殿様に仕立てて行列したと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。