生野銀山町重立ち十軒への降札
どんな伝承か
但馬朝来郡の生野銀山町では、一月三日に地役人・町年寄・山師・郷宿など町の重立ち一〇軒へお祓が、地役人一軒には銀札が降り、夜中から未明までの踊りとなった。大工の徳三郎などは群衆に踊り込まれて被害を受けている。翌日も諸所に降ったが、代官所はお祓の差し出しを命じ、踊りを厳禁した。年貢半減令の布告後、代官所は新政の気勢をあげるため氏神・山神の臨時祭礼を命じ、町方一統に米五〇石を下げ渡した。この官製の祭りの最中に、山師の家へ皇太神宮と七福神が降り、祝宴が催されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。