生野銀山町のお祓降り
どんな伝承か
「お札降り」「ええじゃないか」は兵庫県の西側から中国地方へと波及したが、但馬の南端にあたる朝来郡生野銀山町にも、十二月二十六日からお祓が降った。これは北播磨からの波及と推定されている。ここでは年を越してからも降りつづけ、しだいに踊りをともなうようになった。中国・山陰地方の「ええじゃないか」は、王政復古の政変で終わらず、慶応四年の前半まで流行が続いた点に特徴がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。