志摩の甲賀村への降下
どんな伝承か
伊勢の隣国、志摩国のお札降りは、いずれも慶応三年十一月上旬のことである。布施田村では揃いの衣装で参宮に出ており、そのほか南船越村では貧乏人の家へ札が降った。甲賀村では太神宮三十対のほか、弁財天や巻物などが降り、これを機におかげまいりが波及したという。伊勢の門前町で高揚した騒ぎが、隣国の志摩にまで及んでいたことがわかる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。