九鬼海賊の子孫を名乗る悪党豊秀が死相を告げられ極楽を望む
どんな伝承か
志摩の波切の九鬼という海賊の子孫と名乗る中村屋豊秀は、追い剥ぎや人さらいを重ねながら小心者であった。旅の僧に死相が出ている、地獄へ落ちるしるしだと告げられ、極楽へ行きたいと毎日嘆く。あるじ思いの手下の仙太は極楽を盗んでこようと出掛け、門番に鑑札がなければ入れないと断られると、日が落ちてから塀を越え、鋸で二間四方の極楽を切り取って持ち帰った。しかし豊秀は既に息絶えていた。仙太は死骸を埋め、墓石の背後にその極楽の切絵を立てかけた。日が昇ると七彩の雲が浮かび天女が舞い、人々は掌を合わせたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私は幽霊を見た(東雅夫(編者)・昭和中期~後期(推定1970年代~1980年代))
私は幽霊を見た=怖い怪異体験(東雅夫編)/人魂・鬼火・狐火/機関車・電車の怪/各地の幽霊目撃談/不気味な怪音と怪異