夢枕
どんな伝承か
漢口に駐留していた語り手は、広島市が原子爆弾にやられたとの報せを受け、老いた父母の安否を案じ、その死を覚悟せざるを得なかった。終戦後、いつも心にかかっていた父母がもし本当に死んだのなら、せめて夢枕にくらいは立ってほしいと一心に念じて眠った夜があったが、父母は現れなかった。三月末に復員して帰ってみると、父母は広島で生きており、母が軽い火傷を負っただけだったという。語り手はそれ以来、夢枕というものを逆の意味で信じるようになった。
原典より
富永の幽霊とは全く関係のない話。—— 私は幽霊を見た(東雅夫(編者)・昭和中期~後期(推定1970年代~1980年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私は幽霊を見た(東雅夫(編者)・昭和中期~後期(推定1970年代~1980年代))
私は幽霊を見た=怖い怪異体験(東雅夫編)/人魂・鬼火・狐火/機関車・電車の怪/各地の幽霊目撃談/不気味な怪音と怪異