六百五十四枚を数えた尾張平野の降札
どんな伝承か
いまの稲沢市にあたる稲葉宿では、九月十四日に中町へ札が降り、そこから七日間の祭りが営まれたと記録に残る。中島・丹羽・西春日井の三郡にまたがる尾張平野の中心部では、五、六か村を数えただけでも、八月二十七日から十二月十五日までのあいだに、百種類を超える札が六百五十四枚も降った。内訳は秋葉山と皇太神宮に関わるものが圧倒的に多く、以下は近隣の神社の名が並ぶ。氏永や浮野に限らず、市域のほかの村々にもかなりの降札があった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。