画博堂の怪談会で倒れた青年
どんな伝承か
東京へ戻った著者は、京橋の画博堂という画商の二階で開かれる怪談会に加わっていた。その晩は盆燈籠を吊り、蓮の葉に飯を盛るなど念入りに趣向がこらされていた。飛び入りの二十七、八の青年が、門外不出にしている話だがと前置きして、田中河内介が堺の沖の船上で手足に五寸釘を打ち込まれ嬲り殺された顛末を語り出す。話が惨劇の場に及んだとき、青年は唸り声を上げて俯せに倒れ、胸をかきむしったきり動かなくなった。医者は容体がおかしいと言い、青年はその夜自宅で息を引き取った。著者はこれきり怪談会をやめた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦・昭和中期~後期(推定1960年代~1970年代))
霊媒実験と透視(霊界五十年)/放送局・邸宅の幽霊/自殺者の霊と幽霊屋敷/作家長田幹彦の心霊体験/明治〜昭和の心霊交遊