愛宕山の放送局に立つ背広の影
どんな伝承か
大正十四年、著者は芝の愛宕山にあった東京中央放送局で顧問を務めていた。ある暑い夏の日、西瓜を食べ終えた技術部員が放送の時間だと地下の配電室へ下り、まもなく悲鳴が響いた。駆けつけると、彼はエボナイトの棒を握ったまま変圧器のわきに仰向けに倒れており、三千ボルトの直撃を受けて息を引き取った。それから数か月後の夜、著者が真っ暗な二階のドアを引き開けると、背広姿の背の低い男が窓を背にして後ろ向きに立っている。どう見ても変死したあの部員だった。思わず声をかけ、一足飛びに階下へ転げ落ちた。
原典より
ぼくはそれから亀井君とも同じ霊媒の萩原君とも親しくなって、たてつづけに実験をみた。—— 霊界五十年(長田幹彦・昭和中期~後期(推定1960年代~1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦・昭和中期~後期(推定1960年代~1970年代))
霊媒実験と透視(霊界五十年)/放送局・邸宅の幽霊/自殺者の霊と幽霊屋敷/作家長田幹彦の心霊体験/明治〜昭和の心霊交遊