高輪の借家に来た二度と現れぬ魚屋
どんな伝承か
小山内薫の一家は、姉の一家に誘われて高輪の広大な借家へ移った。大玄関があり、座敷は五十畳と二十五畳、二階にも大きな部屋がある。家賃の安さに驚きながら越して三日目、初めて見る魚屋が貝柱を売りに来た。代金は後でよいと言い残して帰ったが、その晩十二時頃から大人たちが次々に吐き始め、医者は流行性の腸カタルだと言った。夜が明けると全員けろりと治っていたのに、あの魚屋は二度と姿を見せず、金も取りに来なかった。以後、小山内の留守中は十二時を過ぎると必ず門を叩く音がし、走るはずのない汽車の音が響いたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・昭和50年代(1975年前後推定))
文豪たちの心霊体験(あの世はあった)/遠藤周作・三浦朱門の怪異/海外(フランス)での幽霊/怪音と怨念/あの世は存在するか