市谷トンネルの轢死人と幽霊
どんな伝承か
著者の父は町医者のかたわら警視庁の警察医を務め、夜更けの検視にはよく著者を薬籠持ちとして連れ出した。中でも多かったのが中央線の轢死人で、あるとき市谷のトンネルの入口で身を投げた若い女の検視に立ち会った。大雪の降る線路端で暁方まで見張り、父は轢き切られた手足をつなぎ合わせて一個の人間の形に戻し、股間に手を入れて経産婦だと告げた。恥部からは胎児が足を出していたという。中学に上がった頃から、著者はその轢死した女の幽霊をたびたび見るようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦・昭和中期~後期(推定1960年代~1970年代))
霊媒実験と透視(霊界五十年)/放送局・邸宅の幽霊/自殺者の霊と幽霊屋敷/作家長田幹彦の心霊体験/明治〜昭和の心霊交遊