台所に現れた今井白楊の笑顔
どんな伝承か
大正六年、詩人の三富朽葉と今井白楊が銚子の海で溺死した日のこと。長谷川時雨は、鶴見へ出かけた帰りに、そのころ住んでいた赤城下の路地裏の家へ勝手口から上がろうとした。すると台所の板の間に今井の顔がぬっと現れ、時雨を見てにっこり笑うと、すぐに消えた。妙だと思っていると、その日の夕方の新聞で二人の溺死が報じられ、顔を見た時刻も溺れた頃と重なっていた。前の晩には、歯痛で東京へ戻った夫の三上於兎吉を、二人が駅まで見送ったばかりだったという。
原典より
その日あたしは鶴見の家までいって、帰って来てお勝手から上ろうとすると、台所の板の間に、今井白楊の顔がのそりと現われて、…—— あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。