鎌倉での溺死人と幽霊の出現
どんな伝承か
明治三十六年ごろの真夏、鎌倉の別荘に来ていた三人の令嬢が浜で泳ぐうちに引き波にさらわれ、そろって水をのんで溺れ死んだ。少年だった著者はその遺体を見ており、三人とも口に砂を含み、眠ったようにうつ伏せに倒れていたという。そのうち最も年若く黒子のある娘が、それから二、三年のあいだ幽霊となって著者の前に現れた。著者は、その冷たい胸に自分がいちばん多く触れたからかもしれないと考えている。著者が幽霊の全身を見るようになったのは、この水死人を見てからのことだった。
原典より
その中の一番年若らしい、黒子のあるお嬢さんがそれから二三年幽霊になって現われた。—— 霊界五十年(長田幹彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦)
『霊界五十年』は、長田幹彦が自らの心霊体験を一人称でつづった随筆集である。霊媒亀井三郎の実験に立ち会った話に始まり、大正十四年に東京中央放送局で見た変死した技師の霊、自殺者の霊、神隠し、心霊写真、死者の霊との交わりなど、長年にわたって見聞きした出来事を語る。「亀井霊媒の実験」「放送局の幽霊」「霊界夜話」「幽霊のキスマーク」などの短い章を連ね、心霊研究の知人や医師との問答を多く交える。