清助の借金と国三郎宅の人狐
どんな伝承か
隠岐宇賀村(現・西ノ島町宇賀)の万蔵の分家・国三郎の愁訴によれば、河内屋清兵衛の分家清助が中浜屋慶蔵を訪れ、『国三郎から借りた金が大金にかさばって返せない。本家の清左衛門から、妹とみの病も信太郎の死も国三郎宅の狐が来た仕業だから借金を返せと言われた。少し安くまけてもらえるよう交渉してほしい』と頼んだ。慶蔵は国三郎の親戚なので断り、国三郎に通知した。清助は清左衛門を代人に立てて減額を申し入れたが、国三郎は、人狐にかこつけて借金を負けさせようとする清助の魂胆を見抜き、『借金は一切まからず、元利ともとどこおりなく勘定せよ』と突っぱねた。使者はほうほうのていで逃げ帰ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1953頃))
速水保孝『つきもの持ち迷信の歴史的考察―狐持ちの家に生れて』(柳田國男序)。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別・人権侵害を内側から告発し、その類別と歴史的背景を考察する。