島根半島某浦の祈禱師による膨脹
どんな伝承か
祈禱師に頼って憑きものを落としてもらう流行が、かえってその地方の憑きもの筋を増やす元になった例は諸方にある。出雲の島根半島北側の某浦は、現在総世帯五二戸のうち憑きもの世帯三二戸、六一パーセントを占める部落だが、こうまで多数地区になったのは明治の終り頃からで、それまでは今の約半数にすぎなかったという。その頃、伯耆から有馬某という祈禱師が巡回してきて、憑いた憑けられたの騒ぎがあるたびに介入し、『これはあそこから来ている、三軒目のあの家だ』などと指示した。名指された家は明かしを立てようと苦慮したが世間が許さず、ついに断念して本来の憑きもの筋と縁組してしまい、こうして黒くなる家が次第に増えて今日の六一パーセントに至ったのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・石塚尊俊・民俗学・昭和(民俗調査))
民俗学者・石塚尊俊『日本の憑きもの―俗信は今も生きている』。日本各地の憑きもの俗信を実地調査と文献で体系化した研究の決定版。