阿波に上陸した撫養からの波
どんな伝承か
阿波の騒ぎは十一月三十日、淡路を経て撫養の地に上陸したところから始まった。京坂と取引きのある藍商人たちが上方の噂を先に運んでいたため、伝わり方はきわめて速く、またたく間に国じゅうへ広がったという。撫養からの流れは二つに分かれ、一方は撫養街道づたいに村々を巻き込みながら吉野川をさかのぼって板野・阿波・名東・名西・麻植の諸郡、さらに美馬・三好へ達し、讃岐や伊予にまで及んだ。もう一方は徳島など東部の海岸から吉野川の南岸に移り、勝浦川・那賀川の流域を経て土佐にまで届いた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。