高槻藪家・大津屋の降札
どんな伝承か
高槻の「ええじゃないか」は大坂市中よりも遅れ、十一月になって降下がはじまった。十九日には藪家に伊勢御師中西藤原太夫の太神宮剣先お祓が降り、二十七日には大津屋に降った。大津屋はその嬉しさのあまり町内へ手拭を一筋ずつ配り、それをもらった家々は祝儀を持参して祝宴に加わったという。個人の家への降札が、町内一統に近いかたちで祝われていたことがうかがえる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。