境を分けて使う馬喰町の三日月井戸
どんな伝承か
寛政十一年の夏、六月に馬喰町七不思議というものが語られ、兎園小説に書きとめられた。そのひとつが三日月井戸である。馬喰町と塩町の境に掘られたこの井戸は、水の中に板を立てて左右に仕切り、両側で半分ずつ使っていた。それで三日月井戸と呼ばれる。掃除の日に若者たちが争いを起こし、井戸をどちらのものにするかで揉めたあげく、ようやく和解した。三日に争いが起こって三日目に仲直りしたことが不思議だとされたのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))
民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。