新橋駅で田舎者扱いされた門出
どんな伝承か
学業を終えて郷里で二年ほど田畑と暮らした著者は、このままでは世の穀潰しだと思い立ち、再び東京へ出た。新橋駅に降りたのは五月の半ばで、遊覧団体が行き来する農閑の季節である。改札を出るなり客待ちの車夫が寄ってきて乗れと勧め、東京見物の案内はいらぬかと言う。まるで田舎者扱いだと腹を立てたが、上野行きの電車でも車掌に行先を聞き直された。ふと自分の身なりを見ると、列車の中で拾った紅白の団体徽章を胸に付けたままだった。著者は面白半分にその扱いで押し通し、上野駅前の団体旅館へ飛び込んだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・大正2年(1913年)前後)
明治四十三年(1910年)から大正二年(1913年)にかけて、著者高橋宮二が体験した精神修養と霊能力(通力・千里眼)に関する記録。藤田靈齋の深呼吸修養法から始まり、日本アルプスでの深山幽谷修行を通じて、精神修養による霊能力の発現を理論化・実践化する過程を記述。御船千鶴子・長尾郁子といった著名な千里眼能力者の事例と、著者の配偶者による透視・念写能力の発現記録を中心に展開。