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十の字が薄く出た最初の念写

所在地東京都港区
年代明治44年5月7日正午頃
登場通力婦人貞子、高橋宮二
出典修養と通力

どんな伝承か

最初の念写は明治四十四年五月七日の正午ごろ、著者の寓居で立会人を得て行われた。能力者を上座に座らせ、三尺ほど離れて乾板を持つ者が控え、著者は一間半離れた末座で半紙に十の字を書いて手元に持っていた。五分ほどで写ったという答えがあり、密封のまま青山北町の電車停留場近くの写真店へ運び、乾板を買って一枚撮ったのだがと偽って現像を頼んだ。店は真っ黒で写真にならないと言い、定着もせずに返してきたが、透かして見ると中央に十の字が小さく薄く印されていた。定着しなかったため乾板はやがて腐蝕し、原形を失った。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・大正2年(1913年)前後)

明治四十三年(1910年)から大正二年(1913年)にかけて、著者高橋宮二が体験した精神修養と霊能力(通力・千里眼)に関する記録。藤田靈齋の深呼吸修養法から始まり、日本アルプスでの深山幽谷修行を通じて、精神修養による霊能力の発現を理論化・実践化する過程を記述。御船千鶴子・長尾郁子といった著名な千里眼能力者の事例と、著者の配偶者による透視・念写能力の発現記録を中心に展開。

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念写乾板赤坂明治

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