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御救米を迫った高下村の祭礼

所在地兵庫県宍粟市山崎町高下
年代明治元年4月9日〜
登場庄屋など三軒、筆五郎、降札のあった茶屋
出典ええじゃないか

どんな伝承か

揖保川の上流、山崎藩領の宍粟郡高下村では、四月九日に庄屋ら三軒へ御祓が降った。二日後の十一日には村中が仕事を休み、氏神の社で祭礼を営んでいる。この村では前年の十二月にも動きがあり、家ごとに残らず出た百三十人余りが集まって、札の降った茶屋の筆五郎ら二人に、御救米百石を願い出るよう迫っていた。維新を目前にして農民の動きが強まり村政が揺らいでいた時期で、氏神の祭りもやがて激しい踊りへ変わってゆく。代官所は十九日、「急度差留」として禁令を布告した。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))

本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。

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