甲賀三郎の妖怪退治
どんな伝承か
鹿ヶ壷は安志山の奥、関村にある。山崎より四里ほど北、村より北の谷にある希代の岩穴で、大盤石の中に穴があり、そのほか大小十三の穴がある。大壷は深さが知れないという。『峰相記』によれば、昔、安志山の奥に伊佐々王という長さ二丈余りの神鹿がいた。二つの角に七つの草が生え、身には苔が生じ、眼の光は日月のようであった。数千の鹿を従えて鳥獣を殺し、人にも害を及ぼしたので、勅使が下されて国中の武士を催し、ついに追い殺したという。その大鹿が荒れ回って掘り穿った跡が滝壺となり、それゆえ鹿ヶ壷と名づけたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。