粉河の山西家に降った伊勢の札
どんな伝承か
紀ノ川沿いの粉河村での出来事で、日付までは伝わっていない。まず山西九兵衛の家に伊勢皇太神宮の札が降り、それを合図のように近隣の多くの家にも降るようになった。人びとは札の降った家へ祝いに出かけ、「奉献天照皇太神宮」と染め抜いた幟をかついで行く者もいたそうだ。「えぢゃ無いかどうでもえぢゃ無いか」あるいは「一たて二立てさゝ立て、注連縄張ったらえちゃないか」と囃しながら踊り込み、そこで酒肴の振る舞いを受けるのが常だった。紀州の騒ぎは王政復古のあと本格化し、翌年二月まで続いた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。