平野郷の生首降下と五徳踊り
どんな伝承か
平野郷では慶応三年、お札やお祓のほかに石地蔵・お骨・生首・阿弥陀・金仏・御幣なども降ったといい、降下があると玄関に荒薦を敷いて祀り、近所からの供物を受けて酒樽を抜いて振る舞いをした。踊りは各自思い思いで、赤い長襦袢を着た者、女装や男装をした者のほか、頭に五徳を載せその上に行灯をつけて踊る者も出た。三十日ほど踊りは続き、年が明けて鳥羽伏見戦争の落武者が来るようになってから騒ぎはやんだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。