京都若中の神酒献上と仮装
どんな伝承か
慶応三年十月二十七日、東塩小路村の庄屋の家に皇太神宮の御札が降ったという。これを祝い、若中からは神酒として伊丹の酒樽一丁が献じられた。すると一同は大はしゃぎとなり、思い思いに姿をやつしては色とりどりの仮装をこらし、家中が浮き立つほどの大騒ぎになったと、庄屋若山要助が書き残した日記は伝えている。慶応期の京都近郊では、こうした降札を祝う無礼講が各所で見られたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。