生首や馬骨まで降った甲府の後半期
どんな伝承か
甲府の町では、二十六日に三日町の万吉店へ道了権現の金印札が降ったのを皮切りに、片羽町や下一条町、八日町、柳町など各町へ降札が広がった。甲斐で降ったものは伊勢皇太神宮のお祓や札が最も多く、大黒天や金毘羅、不動明王が続くが、地元の御嶽神社や金桜神社の札は見られず、通り過ぎていく流行という色合いが濃かった。やがて降り物には、七、八歳の男児や十七、八の娘、馬の骨、さらには生首や腕までが混じるようになり、後半期の甲斐に殺伐とした印象を残している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。