三河吉田西羽田村の御祓降下
どんな伝承か
慶応三年七月下旬、三河吉田の近辺では草間・牟呂・野田新田・萱町などで伊勢の御祓が降ったとして祝祭が行われていた。二十二日、吉田の西羽田次郎兵衛の前屋敷へ伊勢皇太神宮の御祓が降ったと村役人へ届出があり、国学者で神主の羽田野敬雄のもとにも知らせが届いた。羽田野は、この地方で盛んだった御鍬祭りと同じ形式で祝うことに決めたという。これらは皆々村方入用也と明記され、あくまで村の行事とされた。現在知りうるかぎり、お札降りとええじゃないかの初出事例は、この三河吉田とその近辺のものである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。