火事の最中に祝詞を止めぬ篤胤
どんな伝承か
文政三年三月三日、平田篤胤は四十五歳で江戸湯島天神の男坂下へ移り住んだ。上京してから七度目の転居である。そのころ本郷の壱岐殿坂に、二百俵取りの貧しい青年武士である岡本保孝が住んでいた。ある日、神田明神下で火が出たので、保孝はほど近い篤胤の家を案じて駆けつけた。ところが天下に名の高いこの学者は衣服を改め、家に祀る神の前で声高く祝詞を上げていた。見舞いに来た弟子の方を振り返りもせず、火が鎮まるまで祈祷をやめなかったという。かつて門人の子が十五の年に天狗にさらわれ、父が祝詞を奏して同じ日の夕方に無事取り戻した一部始終を知る篤胤には当然のことだったのだろうと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)