醍醐帝、夢に不動明王を見る
どんな伝承か
延長八年(九三〇)六月二十六日、清涼殿に雷が落ち、大納言藤原清貫をはじめ多くの高官が死傷した。すでに菅原道真の怨霊が左大臣時平の一族や帝の周辺に忍び寄っているとの噂が広まっていた頃で、うろたえた醍醐天皇は禁中の惨状に怯えて病の床に伏した。急を知らされた護持僧の尊意は禁中に詰め、毎夜の加持祈禱は百日に及んだ。ある夜、帝は闇の奥から炎に包まれた不動明王が現れ、声を励まして自分の体を加持する夢を見た。目覚めると、そばで陀羅尼を唱えていたのは尊意であった。帝は一時持ち直したものの、同年九月二十九日に崩じた。
原典より
闇の奥から突如として火炎に包まれた不動明王が現われ、声をはげまして自分のからだを加持してくれている。—— 日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史(山折哲雄・山折哲雄・宗教学・1976年(昭和51年))
『日本人の霊魂観――鎮魂と禁欲の精神史』は、山折哲雄が霊魂と身体の相関を軸に日本人の霊魂観を論じた論考集で、あとがきは一九七六年六月の日付である。序章で和辻哲郎・津田左右吉・折口信夫・柳田国男らの霊魂論を検討し、『日本霊異記』の蘇生説話にみる遊離魂と殯、天皇の病と看病僧の呪法、平安宮廷の物のけと不動法、源信『往生要集』の観想を各章で論じる。雑誌に発表した論文をまとめ、巻末に物のけ現象の資料と憑霊年表を付す。