横森家に匿われた武田の遺児と掛軸
どんな伝承か
市兵衛の霊が語るところでは、天正十年三月十日前後、滅びを前にした武田勝頼のもとに、閉門中だった佐菜茶山備中守と備前守の兄弟が駆けつけた。勝頼は家を絶やすまいと、三歳の子に武田家伝来の不動明王の掛軸を添え、備中守に託して信州の真田を頼らせた。掛軸は信玄が陣中にも持ち歩き、自分の霊が宿ると遺言した宝だった。だが敵の手配りが進んで道は開けず、備中守はひそかに穂坂村の横森家の門を叩いた。子のない夫婦は素性を聞かずに主従をかくまったという。
原典より
その頃の横森家には、夫婦の間に子供がなく、至つて無人でしたが、夫婦は親切に、この貴重なる落人達を庇護しました。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。