疲れを知らず山坂を歩いたかね代
どんな伝承か
煮た甘藷を食べて死ぬほど苦しんだかね代だったが、治りは驚くほど早かった。五日ほどで床を離れると、林檎を二つ持っただけで東京を発ち、一人で甲州の実家へ帰った。何日もろくに食べていないのに、韮崎から穂坂村まで一里余りの山坂を歩いても、少しも疲れを感じなかったという。かね代は相変わらずのんきな顔で、まったく不思議だと人々に話した。後に訪ねた浅野和三郎も、一里余りの山路を歩いて疲れなかったという話を村で聞いている。
原典より
まるで幾日かの間、何一つ食べないのに、韮崎から穂坂村まで一里餘の山坂を歩るいても、格別くたびれたやうに感じませんでした。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。