灰汁なし蕨
どんな伝承か
武田信玄が佐久へ侵入し、野辺山原の袖先あたりで露営したとき、原の蕨をそのまま汁の実として食べたところ大変苦かった。信玄は怒って「こんな苦いものが食われるか」と一喝した。すると蕨は、それで灰汁が抜けてしまったという。それから後、ここに生える蕨は採ってそのまま汁の実にしても苦くない。六月中旬がその時季で、村の人は今も採ってそのまま用いているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。