笄の渡――義清の奥方と船頭
どんな伝承か
天文二十三年(一五五三)四月九日、武田信玄との戦いで葛尾城が炎上するのを見た村上義清の奥方は、わずかな腰元とともにひそかに姫城を抜け出し、松の木にタイマツを結びつけながら夜道を苅屋原の方へ避難し、千曲川のほとりに下りた。奥方たちは村上方の支城である上山田の荒砥城へ逃れようと舟と船頭を探し、船頭は快く引き受けて向こう岸の力石まで無事に渡した。奥方はお礼に持ち合わせの金の笄を髪から抜いて贈ったといい、この出来事が今に伝わる「笄の渡」で、今のもぐり橋のあたりだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌・自治体史(民俗))
『坂城町誌 上巻(自然編・民俗編)』所収の伝説。長野県坂城町に伝わる村上義清ゆかりの伝説を採録する。