金光教祖の家でも神への無礼のため十七年間に家族五人と飼牛二頭…
どんな伝承か
明治六年秋、笠井吉夫が中井の出社へ初めて参詣したとき、取次の大森うめから聞かされた話。金光教祖の家でも、神への無礼のために、奇しくも笠井家と同じく十七年の間に七つの墓を築かされたという。しかし教祖は、先祖代々が知ってか知らずか犯してきた無礼の数々を恐れ入って詫び、真心をこめて信心を貫いたので、あらゆる罪の赦しを得た上、神からその真心をしばしば褒められ、終わりには天地の神と同根の生神金光大神になられたと伝えられた。失われた七つの命は家族五人と飼牛二頭であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)