華族会館で説かれた神仙の実在
どんな伝承か
宮中掌典を勤めた宮地厳夫は、明治四十三年、東京の華族会館で神仙の存在について長い講演を行った。その要旨によれば、彼が仙人の記伝を調べ始めたのは次の理由による。維新このかた物質の学問ばかりが栄え、形而下のことだけが論じられて精神の側は捨て置かれ、このままでは世は無神論に傾く。ところが日本の国家の組み立ては有神を前提としており、伊勢神宮から無格社まで十数万を数える神社は神霊の鎮まる所として祀られている。無神論に成り切れば国の基礎が破れると彼は危ぶんだ。正面から神を説いても人は耳を貸すまい。そこで仙人や天狗のように幽冥に属するものの実在を示せば、神の厳存も自ずと知れる道理だと考えたのである。
原典より
第五録 土佐生まれ神仙二代第六録 天狗の弟子寅吉物語第七録 才一郎少年天狗界移籍顛末記—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・昭和)