三田氏電車内の告白
どんな伝承か
三月十六日、嵯峨町長筒井正克らの主催で嵯峨公会堂に開かれた発表講演会で、三田光一は大覚寺の心経殿を乾板の六枚目に念写するよう求められた。結果、六枚目には何も現れず、七枚目が全面真黒で、そこに弘法大師の霊影が現れていた。実験を終えて帰る際、三田は電車の中で福来友吉にこう語ったという。心経殿を念写しようと閉目して精神を統一したかと思うと、忽然として一月二十一日に見た大師の姿が現れ、驚いて目を開いた。実験はそれだけであった。いつもは腋下に汗がびっしょり出るのに少しも出ず、口が自発的に実験終わりと宣告してしまった。自分の念力でなく、自分以外の霊力によるものだと思う、と。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
三田光一の念写と透視能力に関する研究記録(福来友吉・昭和初期(1920年代~1930年代))
本書は心霊研究者・福来友吉が、霊能者・三田光一の念写および透視能力を研究した記録である。大正6年から昭和5年にかけて、名古屋県会議事堂、尼ヶ崎実科高等女学校、日本地下水協会など複数の公開実験を実施し、厳重に封じた乾板やフィルムへの念写、遠隔透視など、科学的な検証方法を用いながら超常現象を記録した。また京都嵯峨の船形屋敷における霊地の調査、故人の肖像念写など、霊媒現象の多角的な研究を展開。西洋の心霊写真(マムラー氏)との比較考察も含む。