小谷横町の邸に来る短刀の女
どんな伝承か
御宝蔵方の小松益之助は、韮生の白石から高知の城下へ出て、穀物方の小谷政右衛門が讒言により切腹して空家になっていた邸を与えられた。邸に沿う路は小谷横町と呼ばれ、女子供は夕方には通らなかった。移って二十日ほど経った夜、庭に物干竿が十本ばかり転がっていたが、朝には元の簷下に戻っていた。やがて夜ごと玄関で「もし、もし」と女の声がするようになり、嫉妬に駆られた女房が代わりに応対に出た。三度目の晩、女は涙を浮かべ、自分は小谷の女で、家が没落したとき先祖伝来の短刀が御宝蔵へ納められたから、取り出して祭ってほしいと訴えた。翌朝、女房の枕頭には白木の鞘の短刀があった。御宝蔵の番人は盗んだ後姿が益之助にそっくりだったと届け出、詮議を受けた益之助は女房を殺して自殺した。
原典より
御宝蔵方になった小松益之助は、韮生の白石から高知の城下へ出て来て与えられた邸へ移った。—— 日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・明治~大正時代(編纂・出版は20世紀前半推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・明治~大正時代(編纂・出版は20世紀前半推定))
宝蔵の短刀=怨霊と祟り(日本の怪談)/幽霊の自筆・船頭の霊/義人の姿と因果応報/土佐・各地の怪異/田中貢太郎の怪談