丑尾さんに抱擁された思い出
どんな伝承か
亀さんの妹の丑尾さんとは、あまり一緒に遊ぶことがなかった。その頃は男の子と女の子が遊んでいると仲間に囃し立てられたからである。ただ一度、ある小春日に家の門前のたたきの斜面で日向ぼっこをしていたときのことだけがはっきり残っている。七、八歳の自分が門柱にもたれて前の小川を眺めていると、五、六歳の丑尾さんが正面に立ってしばらく顔を見詰め、突然に両腕をぱっと広げて飛びつくように抱きついた。丑尾さんは一家が東京に移っていた二年の間に病死し、十歳にも満たなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪異考 - 化物の進化(寺田寅彦・大正9年(1920)〜昭和12年(1937)発表の随筆を収録。中公文庫『怪異考/化物の進化 寺田寅彦随筆選集』)
物理学者・寺田寅彦が大正9年〜昭和12年に発表した随筆を集めた一冊。表題作「怪異考」では郷里高知の怪音「孕のジャン」を地鳴り(小規模地震)、馬を殺す魔物「頽馬・ギバ」を空中放電(セントエルモの火)と推定するなど、各地の怪異を一次資料(『民俗怪異篇』『伽婢子』等)に基づき現代科学の語彙へ翻訳する。