休職を命ぜられた念写研究者
どんな伝承か
明治の末から大正にかけては唯物の思想が学界と官界を覆っていた。長尾夫人の実験が騒ぎになると、丸亀中学の校長や教諭は千里眼に関わるなと戒められ、長尾判事も司法官がそんな問題に首を突っ込むなと上司に言われた。福来が追放されるという噂が広まると、高橋宮二は妻のために惨事を招いてはと考え、池袋の山川健次郎邸を訪ねて実験に出るよう促したが断られる。大正二年十月二十七日、福来は休職を命ぜられた。本人は記者に、透視念写の研究と無関係とは言えないと語っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・昭和(近代心霊研究史))
山本健造『念写発見の真相』を節単位で収録。念写(思念写真)の発見者・福来友吉博士の生涯と受難、千里眼事件(高橋貞子・長尾郁子の透視/念写実験)、弘法大師の御霊影をめぐる霊写実験(大師の御影・霊魂実在の証明法・霊地の発見・霊写の実験・結論)、福来学説の現代化と六次元原理・念論、福来博士の飛騨での幼少期から東京帝大・宣真女学校・高野山大学を経て記念館建設に至る軌跡を、各節の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅。