福来少年の立志と親友の証言
どんな伝承か
松本友吉と呼ばれていた頃、斐太中学校で机を並べて勉強した人に上原菊之助があった。上原は旧制高校の教授を務め、晩年は古川町二之町に住んでいたので、著者は訪問して福来博士の話を聞いた。上原によれば、福来は体は大きくなかったが腕力が恐ろしく強く、幽霊退治の時は一人で数人の悪太郎を投げて改心させたという。電灯のない頃で夕日に本を向け赤く照る光を惜しんで英語を頑張り、浄瑠璃も歌も英語の演説もこなし、肖像画も似顔も描いた。『俺は立派な教育者になるんだ、それには心理学や哲学をやらねばならぬ』が口癖で、とうとうそれをやり遂げた偉い男だと語った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・昭和(近代心霊研究史))
山本健造『念写発見の真相』を節単位で収録。念写(思念写真)の発見者・福来友吉博士の生涯と受難、千里眼事件(高橋貞子・長尾郁子の透視/念写実験)、弘法大師の御霊影をめぐる霊写実験(大師の御影・霊魂実在の証明法・霊地の発見・霊写の実験・結論)、福来学説の現代化と六次元原理・念論、福来博士の飛騨での幼少期から東京帝大・宣真女学校・高野山大学を経て記念館建設に至る軌跡を、各節の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅。