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西田元教の危篤平癒

所在地大阪府大阪市
年代1900年(明治33)8月
登場西田元教、上田喜三郎
出典出口王仁三郎

どんな伝承か

義弟の西田元教が大阪で危篤との電報を受けた出口王仁三郎(上田喜三郎)は、急ぎ大阪へ駆けつけ、心をこめて平癒を祈願した。すると西田は本復し、以後は熱心な信者になったという。ところがこの留守中、綾部では喜三郎を追放し四方春三を会長に据えようとする幹部たちの謀議が進んでおり、帰郷した喜三郎は所持品を荒縄でからげて投げ出されているのを見て憤激した。最後は四方平蔵の謝罪でようやくおさまった。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))

村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。

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病気平癒祈願霊験危篤回復大本教

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