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軍人会館で発会した昭和神聖会

所在地東京都千代田区九段南(軍人会館)
年代昭和9(1934)
登場出口王仁三郎、内田良平、出口伊佐男、昭和神聖会副統管
出典出口王仁三郎

どんな伝承か

出口王仁三郎は、昭和青年会と坤生会を軸に実践団体を立ち上げ、一九三四年七月二十二日、九段の軍人会館に三千余人を集めて昭和神聖会の発会式を挙げた。王仁三郎が統管に就き、内田良平と出口伊佐男が副統管を務め、現職の大臣や将官、実業家、学者までが賛同者に名を連ねた。総本部は東京、地方本部と支部は全国に置かれた。政治団体と見られるのを避けて国民精神運動団体を称したが、実際には農村救済から議会政治廃止まで唱える国家主義運動へ傾いていった。

原典より

みろく大祭一九二八年(昭和三)三月三日、出口王仁三郎は、綾部の五六七殿で、みろく大祭を挙行した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))

村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。

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