教祖一族の発狂・出奔
どんな伝承か
大本教祖出口なおは天保七年、丹波福知山裏町の桐村家の長女に生まれ、二十歳で綾部町の大工出口政五郎に嫁した。政五郎は腕はよいが飲んだくれで家屋敷を飲みつくし、明治二十年に死んだ。教祖は五十を過ぎて八人の子女を抱え、屑買いまでして辛酸をなめた。政五郎の死と前後して長女は無頼漢に誘拐されて出奔し、長男は放浪して行方不明となり、明治二十四年には三女が発狂、逃亡していた長女も帰還して狂乱を極めた。著者はこれを精神変質の遺伝素因が一族にまとわりついていた証と見た。明治二十五年正月、教祖の身に霊異が現れ神懸かりが始まったという。
原典より
その證據には、政五郎の死と相前後して、長女は近隣の一無頼漢に誘拐されて家庭を出奔し、長男は又放浪者の群に加はつて行衛不明となり、…—— 變態心理と犯罪(中村古峽) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
變態心理と犯罪(中村古峽)
『變態心理と犯罪』は、雑誌『變態心理』を主宰した中村古峽による変態心理学の論集である。二重人格・夢遊病・狐憑き・神隠し・催眠術を心理学の立場から解き、大本教・天理教・金光教の神懸りを妄想や人格変換として退け、霊能を称する火渡りや針刺しなどの実験の種を明かす。終わりには迷信や二重人格のからむ大正期の犯罪事件の実話を収め、著者自身の被験者や綾部の大本教訪問の見聞も例に引く。