浅野自身の霊眼霊言体験
どんな伝承か
浅野和三郎は自らを常識味の勝った人間で霊覚には不向きと自認していた。しかし他人に霊眼・霊言を説く前に自分で体験し自信を得なければ口幅ったいことは言えぬと考え、大正五年、六年、七年頃までこれに苦心努力した。その結果、拙いながらも自分自身に霊眼(透視)や霊言などの体験を得て、ある程度まで霊覚の何たるかを味わった。だが霊覚者たるは自分の天分でないと最初から承知していたので、一応満足を得ると霊覚修行を中止し、以後は審神者として他人の霊覚養成に全力を挙げたと述懐する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊縦横談(浅野和三郎・心霊縦横談 第一輯・近代(大正〜昭和初期))
日本のスピリチュアリズム(神霊主義)の祖・浅野和三郎が大正12年〜昭和11年に発表した心霊問題の論文15篇を収める『心霊縦横談 第一輯』。