平河町の座談会で会った土井晩翠
どんな伝承か
「荒城の月」の作詞者土井晩翠と筆者が言葉を交わしたのは、生涯にただ一度だけだった。たぶん昭和十四年、当時の地名で東京市麹町区平河町にあった東京心霊科学協会の事務所で開かれた座談会の席である。土井が心霊研究に心を寄せたのは、二高在学中にボートが転覆して松島湾で死んだ一人息子の英一を失ってからだった。仙台の土井家では、協会を興した浅野和三郎の立ち会いで、盛岡の霊言霊媒小林寿子を招いた招霊実験が行われ、夫妻を大いに慰めたという。座談会の土井は羽織袴姿で、ずっと袴の中で片膝を立てていた。筆者にはその姿だけが残り、何を話したかは覚えていない。
原典より
B ある人の卒業論文C 河上肇の宗教的体験D ある時期の福来博士E 高野山上の福来博士F リンカーンと一少女霊媒三 ものがたり回顧A ”仙童”寅吉B 再生の少年—— 霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究・エッセイ・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究・エッセイ・昭和)