体験を忘却しようとした決意
どんな伝承か
体験の直後、河上肇は数日にわたって全身の皮膚感覚をほとんど失い、手足をつねっても痛みを覚えなかったという。田中千代松は、これを強い物理現象を起こした霊媒が覚めたあとに訴える状態に似ていると見た。悟りを得た河上は身体を自分のものと思わず、天下に捧げるべき器と考えるようになる。京都大学の講師から助教授、留学を経て教授となり、経済思想の研究を重ねるうちにマルクス主義へ移っていった。そして科学の世界では宗教と縁を切ろうと決意するのだが、それは否定ではなく、しばらく忘れておこうという決意にとどまった。体験が幻覚でも夢想でもない事実だったために、否定のしようがなかったのだと田中は読む。
原典より
彼はその体験の与えた悟得によつて、その後の生活にまことに身の軽きを覚えた。—— 霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年))
『霊の世界――小品集』は、田中千代松が新聞・雑誌に寄せた心霊研究の随筆や小論に手を加えて集めた心霊研究文庫の第三冊で、はしがきは一九七八年十一月の日付である。SPRの成り立ちや催眠術・超心理学の来歴、クルックスやフラマリオンを論じる文章のほか、土井晩翠・河上肇・福来友吉の挿話、平田篤胤が記した仙童寅吉、秋山真之の霊夢などを収める。「エッセイ種々」「群像」「ものがたり回顧」の三部に分け、多くの篇に初出の誌名と年月を添える。