東禅寺の公使館襲撃と自動書記
どんな伝承か
文久元年五月二十八日、西暦では一八六一年七月五日の深夜、江戸の高輪にあった東禅寺の英国公使館へ、尊王攘夷の一隊が押し入った。水戸浪士の有賀半弥、前木新八郎ら十四人で、幕府の別手組や郡山藩兵の防戦を破る。一等書記官のローレンス・オリファントは腕と首を斬られて重傷を負い、長崎駐在の領事モリソンも額に刀傷を受けた。公使のラザフォード・オルコックは、血まみれのオリファントが奥の間の入口に現れ、続いてやられたと叫ぶモリソンが来たと書き残している。その夜は暖かく静かで、一行は美声の者の歌を楽しみ、空に見えた彗星を眺めていつもより遅くまで起きていた。オリファントはのちに、それが自分たちの命運と関わっていたのかもしれないと書く。物音に飛び起きた彼は拳銃を取ろうとしたが、箱には錠が掛かって鍵がなく、狩猟用の鞭を手に立ち向かうほかなかった。この傷が縁でオリファントの後半生は変わり、晩年の著書『科学的宗教』は霊がかりの自動書記によるものだという。
原典より
——『心霊研究』第二〇〇号(一九六三・一〇)——————英国の人道主義的社会主義者ロバアト・オウエンが最晩年に、唯物論的思考から新スピリチュアリズムに急転向した事実についての私の詮索は、いろいろなおまけの認識を私に与えて…—— 霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年))
『霊の世界――小品集』は、田中千代松が新聞・雑誌に寄せた心霊研究の随筆や小論に手を加えて集めた心霊研究文庫の第三冊で、はしがきは一九七八年十一月の日付である。SPRの成り立ちや催眠術・超心理学の来歴、クルックスやフラマリオンを論じる文章のほか、土井晩翠・河上肇・福来友吉の挿話、平田篤胤が記した仙童寅吉、秋山真之の霊夢などを収める。「エッセイ種々」「群像」「ものがたり回顧」の三部に分け、多くの篇に初出の誌名と年月を添える。