伯耆倉吉・とうびよう狐
どんな伝承か
宝暦五年に没した因幡藩士・上野忠親の『雪窓夜話』によれば、伯耆の村々、ことに倉吉あたりにはとうびよう狐を持つ家が多いという。国の法度が厳しく、とうびようを持つといえば嫌われるため、他人には深く秘して語らなかった。とうびよう狐は普通の狐と異なる別種で、姿は狐だがいたち程度に小さく、先祖から子孫へ代々伝わって家を離れないとされていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(改訂版))
速水保孝『憑きもの持ち迷信―その歴史的考察』の改訂版。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別を内側から告発し、その歴史的基盤を考察する。序章で研究に志した動機・問題の核心・結婚に直面しての苦悩を語り、人権を脅かす実例として狐持ちにまつわる隔地心中、次々と破談になる三兄妹、隠岐の人狐解消決議、犬神が乳児を食ったと絶交、堆肥小屋に外道を飼うを挙げる。