矢筈山から放たれた矢と矢送り郷
どんな伝承か
西国平定に向かった日本武尊が、伯耆と美作の境にそびえる矢筈山へ登ったと伝える。頂には高さ六尺、長さ十尺、中六尺ばかりの大岩があり、尊はその上に立って弓を引き、届く限りを我が領分にしようと誓って矢を放った。矢は上小鴨村の中田まで飛び、矢留荒神に受け止められて止まったという。貴い矢だというので、人々は山の麓の矢櫃まで順に送り返し、櫃に納めた。矢を順送りにしたことから、この一帯を矢送り郷と呼ぶようになったと語られる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。